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桂三枝の創作落語あらすじメモ

桂三枝の高座を実際に聞いて、面白いと思い、創作落語のCDを聴くようになりました。どの演目がどんな内容だったかという自分用のあらすじメモを兼ねて、桂三枝の創作落語を紹介していこうと思います。

CurrentIcon 『奈良の大仏さん』

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桂三枝創作落語『奈良の大仏さん』のあらすじ

奈良の土産物屋のご主人、儲からないとぼやいている。奥さんが「大仏に来る人は増えているらしい」というと、遠方の人が来ているのではなく奈良の人が大仏に来ているので、土産物を買うはずがないと返す主人。だいたい、土産物の製造会社のセンスが古いと散々文句を言っている。

だが、奥さんが同じ土産物屋で儲かっている店のことを思い出す。同じものを扱っているはずなのに、なぜあちらの店だけ売れるのか。ご近所さんで聞きにくいが、売れる秘密があるのか聞いてみようと、主人が翌日行ってみることになる。

売れている店に行き、思い切って聞いてみたところ、わからないが以前新聞に取り上げられたことが理由かもしれないという。50年前のおじいさんの代の頃に、新聞の「読者の声」に載ったのだ。心中を決意して、最後にと思って大仏を拝みにいったところ、土産屋の主人が案内してくれて、「大仏は、逃げる人のことは救わないけど、困難に立ち向かおうとする人は必ず救ってくれる」という話をしてくれた。そのおかげで頑張って立ち直れたという投稿だったのだ。実は、この当時、こちらの店も全く売れなかった。でも、この新聞記事のおかげで、店に客が来るようになったという。

この話を聞いた土産物屋の主人、自分もその手で行こうと企む。観光客の中なら、心中しそうな人を探すが、そんな簡単には見つからない。せっかく客が来ても、元気な客だったら追い返してしまう主人に、奥さんは気を揉むばかり。

そんなある日、元気のない客がやってきて、ふと「何でこないなるんやろうな。もう死にたいわ。」と漏らす。それを聞きつけたご主人、その客を大仏まで連れて行こうとするが、その客は旅行会社の人で、旅行者の一人のおじいさんが行方不明になる困っているという。話を聞いている場合ではないと店を出て行く客をみて、奥さんはやはり主人の企みはうまく行くはずがないという。

その日の夕方近く、子供二人を連れた夫婦がやってくる。「子供が疲れているから、大仏を見るのはやめようか」「いや、これが最後かもしれないから見に行こう」と会話を交わす夫婦に、店の主人はもしかしたらと期待を膨らまし、子供をおぶって一緒に大仏を見に行く。

だが、元気のない原因を探ってみると、食あたりのせいとのこと。「これが最後かもしれない」というのは、この後退職して、ロス・アンゼルスにいる兄の事業の手伝いをするからという。思惑が外れた主人は、おぶった子供をおろそうとするが、疲れたという子供を歩かせることはできずに、しぶしぶ大仏参りにつきあう。

それから1ヵ月後、奥さんが新聞を見て大騒ぎ。あのときの子供が、大仏参りに付き合ってくれた土産物屋の主人のことを作文に書いたのが学校に張り出され、それをお父さんが新聞に投稿したのだ。大喜びする主人に、奥さんが「あかん、店の名前が書いていない」というサゲ。

桂三枝創作落語『奈良の大仏さん』の感想

こういうお調子者のご主人、本当にいそうですね(笑)。暇そうにしている土産物屋で、話しかけるとこちらの予想以上に話し込んだり。それでやっていければ、うらやましい気ままな暮らしですが、この落語みたいに近所の土産物屋と差がついたら辛いですよね(笑)。

桂三枝大全集 創作落語125撰 第37集」によると、この落語を奈良の大仏の手のひらで演じるという話があったのですが、流れてしまったのだそうです。大仏の手のひらで落語!?とびっくりしたのですが、コンサートや能、狂言は大仏をバックに上演されたんだそうです。落語が演じられる日も、いつか来るかもしれませんね。

桂三枝創作落語『奈良の大仏さん』が聴けるCD

桂三枝大全集~創作落語125撰~第37集
桂三枝大全集 創作落語125撰 第37集
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