『石川や』
桂三枝創作落語『石川や』のあらすじ
親分の召集に応じて、泥棒仲間が集まってくる。この仲間は表向きには看板会社を経営し、夜中に看板を立て替える振りをして泥棒をしていたのだ。皆が集まると、親分は泥棒もやりにくくなった。そこで足を洗おうと思う。自分は引退するから、皆個人でやってくれという。すると皆が、自分も泥棒を辞めると言い出し、だったら皆で違う商売をしようという。何かいい商売がないかというと、一人がタクシーの運転手はいつでも募集していると言って、タクシーの運転手をしようということになる。
しばらくして、また親分が皆を集める。集まるなり、信号無視をした一人を説教する。すると、説教された仲間は、泥棒をしていた頃に比べて刺激がなくて、ついやってしまったのだという。昼勤務になったものも、昼の生活に慣れないと言い、やはりタクシーの仕事は合わないから、別の仕事をしようということになる。仲間の一人が、ホストクラブの店が売りに出ていたというが、ホストは自分達には無理だから、居酒屋をやろうということになる。
しばらくして、また親分が皆を集める。集まるなり、つまみ食いをした一人を説教する。また、泥棒時代に見張り役だった仲間は、フロアでも挙動不審だし、客商売というのはいつ何時泥棒時代の被害者が来るかわからない。この仕事もやはり具合が悪いから辞めようということになり、では何をするかというと、親分は高級外車のセールスをしようという。夜中にセールスをしようと言い出す親分に、夜中では皆寝ているじゃないかと仲間がいうと、だから好都合、ものが盗めるじゃないかというサゲ。
桂三枝創作落語『石川や』の感想
この創作落語のタイトル「石川や」は、石川五右衛門のことですね。この創作落語の泥棒仲間は、ポリシーを持って泥棒稼業をしていたので、それを石川五右衛門になぞらえたのでしょうか。泥棒を辞めたはいいけど、他の仕事が合わず結局泥棒に戻ってしまうというこの創作落語のストーリーは、単純に笑っていいのかどうか(笑)。
「桂三枝大全集 創作落語125撰 第50集」には、三枝さんの周りで実際に泥棒に入られてしまった方の話が載っています。被害に合った家の人が、泥棒に入られたことに気がつくのが遅い方が捕まりにくいということで、家の中の様子を変えないまま、金目のものだけ盗んでいく泥棒の話なんかは、恐ろしいですね。。つい、自分の家も確認したくなります。その話の最後は、まるで落語のようですよ。